2006年08月20日

祖母の終戦記念日。

皆様、ご無沙汰していました。

8月15日、同居していた祖母が他界しました。
享年89。

8月15日、日本は終戦記念日ですが
私の祖母にとっても、終戦記念日になりました。



私の近親者で今まで亡くなったのは1歳の頃の祖父だけ。
この歳まで他の祖父母が生きていたのは、幸せな事だと思います。

8月13日、祖母が吐血して救急車で運ばれました。
その時は酸素マスクを嫌がって「こんなのいらないわよ!」と叫んでいたそうです。
病院に運ばれて入院する事になりました。
その時も点滴を腕から抜いてしまうほど元気でした。

それから2日経った8月15日。
祖母は亡くなりました。

10年前に交通事故で片足を無くした祖母。
以前は毎日の様に通うほどデパートが大好きで、行動的で、賑やかなのが好きでした。
片足を無くしてからは、自分一人で外には行けなくなりました。

そのうち、生活をする上で必要な行動の全ての事に人の支援が必要とされる「介護度認定5」と診断されました。
着替える、食べる、排泄する、その他全ての動作。
自分で自分の事が出来なくなり、イライラする祖母。

全ての事を全て助けしてしまうと、それこそ寝たきりになってしまうので、父と母はなるべく自分でやらせて、最後の手助けだけをすることにしました。
例えば、顔を洗う為には車椅子に座ったままでは出来ないので、片足の無い祖母を後ろから支えて片足で立たせて、祖母が自分で洗うようにしました。
高齢で普段使っていない片足で立つなんて、それは苦痛だったと思います。
「そんな大変な事をさせるのならば、洗ってあげれば良いのに・・・。」と思う方もいるかもしれません。
例えば老人ホームや介護老人施設などは、タオルで拭いてくれたり洗面器にお湯を入れて持ってきてくれたりもします。
その方が体の不自由な老人にとっては楽な事でしょう。
でも、使われない身体と脳はどんどん衰えてしまいます。
全て手伝ってくれる施設で祖母は言われた事を素直に受け入れていますが、色々自分でやらなければならない自宅で祖母はイライラして言われた事を素直に受け止めてくれませんでした。
反発し、時には泣き出すこともありました。
父と母もストレスがたまり、祖母に対してイライラしている事も多くなりました。

要介護老人を施設に預ける事。
全然悪い事だと思いません。
むしろその方が、お互い幸せな場合もあると思います。
昔は自分の家で面倒を見るのが当たり前だという考え方が強かったと思います。
父と母はそういう考え方で、家で面倒を見ていたわけではありませんでしたが。
お互いが一番良い方法をとれば良いと思います。
ただ、介護する方もされる方も、並大抵な事ではないのです。
「施設に預けた」と言えば白い目で見られ、「家で見ている」と言えば大変ねという目で見られる現状には納得がいきません。
そんな単純に分けられるような状況じゃない事を本当に理解できるのは、大部分の人に反感を買うかもしれませんが、たぶん体験した人にしか分からないと思います。

祖母は最後に家に居た日も、父と言い合いながら顔を洗っていたと思います。
自分一人で何も出来ない。
好きな所にも行けない。
その悔しさは祖母にとって、生きていく上での戦いだったと思います。

亡くなる時、意識が無かったので苦しんでいないだろうと言われました。
寝ているような穏やかな顔でした。
戦いが終わって、ほっとしていたのかもしれません。

おばあちゃん。
ゆっくり、ゆっくり、休んで下さい。
きっともう自由に動けるでしょう。
それと、父を産んでくれて有難う。
今までの事、全ての事、有難う。
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posted by このみ。 at 01:45 | 東京 ☁ | 日記| edit

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